前橋地方裁判所 昭和59年(行ウ)1号 判決 1985年1月29日
原告 X
被告 国 他2名
代理人 W6 W7 他4名
主文
一 本件訴えをいずれも却下する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 無効確認請求
(一) 被告榛名町若しくは榛名町長が別紙物件目録記載の土地(以下「本件土地」という。)に関して昭和四七年度の国土調査の実施で作成した地籍調査の成果(地籍簿及び地籍図の作成。以下同じ)及びその成果の認証の請求は、いずれも無効であることを確認する。
(二) 被告群馬県知事が本件土地に関して前項の地籍調査の成果についてなした認証は、無効であることを確認する。
(三) 被告国が本件土地に関して不動産登記法に規定されている登記簿の記載事項を第一項の地籍調査の成果に基づき変更した部分及び右成果に基づく同法所定の地図部分は、いずれも無効であることを確認する。
2 取消請求
(一) 被告榛名町若しくは榛名町長が本件土地に関して昭和四七年度の国土調査の実施で作成した地籍調査の成果を取り消す。
(二) 被告群馬県知事が本件土地に関して前項の地籍調査の成果についてなした認証を取り消す。
(三) 被告国が本件土地に関して不動産登記法に規定されている登記簿の記載事項を第一項の地籍調査の成果に基づき変更した部分及び右成果に基づく同法所定の地図部分をいずれも取り消す。
3 訴訟費用は被告らの負担とする。
二 被告らの本案前の答弁
主文同旨
三 被告らの請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 原告は本件土地の所有者である。
2 被告榛名町は、国土調査法六条の三第二項に基づく昭和四七年度の群馬県計画により、そのころ、本件土地の所在している同県群馬郡榛名町大字中室田及び上室田の一部五・三平方キロメートルの地域について地籍調査(同法六条の四第一項)を実施し、その成果として地籍簿及び地籍図を作成した。
3 その後、被告榛名町が昭和五二年六月二三日右成果につき同群馬県知事に対してその認証の請求をしたところ、同知事は、訴外国土庁長官が同知事に対して同年七月二〇日認証の承認をしたのを受けて、同年八月一二日右成果を認証した。
4 被告国は、同群馬県知事が同月二二日送付した同榛名町作成の地籍調査の成果の写しに基づき、同年一二月までに不動産登記簿の記載事項を変更し、地籍図の写しを不動産登記法一七条地図として登記所に備え付けた。
5 しかしながら、被告らのなした右各行為等は左記のごとき瑕疵があり違法である。
(一) 被告榛名町は、地籍調査に使用する調査図案図について、その作成方法が地籍調査作業規程準則(昭和三二年総理府令第七一号)に規定されているにも抱らず、これに準拠することなく、国土調査前の公図を使用せずに、同被告が作成した右公図に似せた図面により不正に調査図素図を作成した上、これに基づき地籍調査を実施するとともにその成果を作成し、更に、右不正行為によつて作成した成果を合法的に作成したものとして、同群馬県知事に対して認証の請求をした。
(二) 被告群馬県知事は、「地籍調査事業工程管理及び検査規程について」と題する通達(昭和四七年経企土三一号)により、地籍調査実施の過程における不正を防止せよとの指導があつたにも拘らず、右不正行為を防止することなく、その成果を認証した。
(三) 被告国は同群馬県知事から国土調査法二〇条の規定により送付された右不正な成果の写しに基づき、前記4記載のとおり登記簿の記載事項を変更し、地籍図の写しを不動産登記法一七条地図として備え付けた。
6 その結果、本件土地に関する登記簿や不動産登記法一七条地図は真実の権利関係に反し、かつ違法に作成、備え付けられている。
7 よつて、原告は被告らに対して、前記地籍調査の成果及びその認証の請求、認証並びに成果によつて変更された登記簿の記載事項、備え付けられた地図について、それぞれ請求の趣旨記載のとおり、その無効確認ないし取消しを求める。
二 被告らの本案前の主張
1 無効確認請求
(一) 行政処分性を有しないことについて
抗告訴訟の対象となる行政処分は、抗告訴訟の本質が国民の権利利益の救済を図ることにあると解する以上、それによつて個人の具体的権利義務ないし法律上の利益に対し、直接に法律的効果を与えるものでなければならないところ、原告が本件訴訟において無効確認を求めている地籍調査の成果、その認証、認証の請求、登記の変更及び地図の備え付けは、いずれもそれによつて直接個人の具体的権利義務に変動を来たし、又はその範囲を確定する効果を伴うものではないから、行政処分性を有しないのである。
(二) 無効確認訴訟における訴えの利益を欠くことについて
無効確認の訴えは当該処分の効力の有無を前提とする現在の法律関係に関する訴えによつて目的を違することができないものに限り提起することができる(行政事件訴訟法((以下「行訴法」という。)三六条)ところ、本件地籍調査に係る土地の境界又は所有権の範囲につき認証された成果をめぐつて具体的な紛争が発生した場合には、境界確定又は所有権の存否確認請求の訴えを提起することによつてその目的を達することができるから、本件地籍調査の成果、その認証、認証の請求、登記の変更及び地図の備え付けの無効確認を求める本訴は、訴えの利益を欠くものであるといわざるを得ない。
(三) 訴えの被告適格を欠くことについて(被告国の主張)
本件成果に基づく所要の各登記をした者及び本件成果の地籍図の写しを不動産登記法一七条地図として指定し、登記所に備え付けた者は、いずれも前橋地方法務局榛名出張所所属登記官であるから、被告国は本件訴えの被告適格を有しない。
2 取消請求
(一) 行政処分性を有しないことについて
前記1無効確認請求(一)と同旨
(二) 訴えの被告適格を欠くことについて
前記1無効確認請求(三)と同旨
(三) 出訴期間を徒過していることについて(被告国の主張)
(1) 不動産登記法に基づく登記官の処分につき取消訴訟を提起する場合の出訴期間は、行訴法一四条一項及び三項の規定がそのまま適用されるものと解すべきところ、原告は、本件訴えにおいて不服の対象とする本件成果に基づく各登記がなされ、かつ地籍図の写しか地図として備え付けられたことを、遅くとも高崎簡易裁判所(昭和五六年(ハ)第二六八号)に境界確定請求事件を提訴した時である昭和五六年一二月二八日には了知していたのであり、また本件成果に基づく登記は遅くとも昭和五二年一二月末日までになされているのであるから、処分の日から既に六年も経過していることが明らかである。
従つて、本件訴えのうち変更の登記及び地図の備え付けの取消しを求める訴えは、いずれにしても出訴期間経過後に提起されたものであつて不適法であるといわなければならない。
(2) 原告が取消しを求めている本件成果の認証についても、国土調査法に行訴法一条所定の出訴期間については右同様に解すべきこと及び本件成果の認証を昭和五二年八月一二日になしていることからすれば、本訴は既に出訴期間を徒過しているというべきである。
3 以上により、原告の被告らに対する本件各請求は、いずれも行訴法に定める訴訟要件を欠き不適法であることが明らかであるから、却下されるべきである。
三 請求原因に対する被告らの認否
1 請求原因1の事実は不知。同2から4までの各事実は次の点を除いて認める。即ち、認証の承認をしたのは訴外国土庁長官でなく訴外内閣総理大臣であり、登記の変更及び地図の備え付けをしたのは被告国でなく前橋地方法務局榛名出張所所属登記官である。
2 同5のうち冒頭部分は争う。
同5(一)のうち、被告榛名町が地籍調査に使用する調査図素図(その作成方法が主張の準則に規定されている。)を作成し、これに基づいて地籍調査を実施して成果を作成し、更に右成果を合法的に作成したものとして被告群馬県知事に認証請求したことは認め、その余の事実は否認する。
同5(二)のうち、被告群馬県知事が不正行為を防止しなかつたとの部分は否認し、その余の事実は認める。
同5(三)のうち、成果の写しが不正であるとの部分は否認し、その余の事実は認める。
3 同6のうち、登記簿及び地図が真実の権利関係に反し、かつ、その作成、備え付けが違法であるとの部分は否認し、その余の事実は認める。
理由
一 原告の本訴請求は、要するに、昭和四七年度に実施された国土調査法に基づく本件土地に関する地籍調査が違法になされたものであるとして、その成果及びこれに基づく登記簿の変更、地図の備え付け並びに右に至る間の被告らの各行為の無効確認ないし取消しを求める、というものである。
二 抗告訴訟の対象となる行政処分とは、行政庁の法令に基づく行為のすべてを意味するものではなく、公権力の主体である国又は公共団体が行う行為のうちで、その行為により国民の法律上の地位ないし具体的権利義務関係に直接影響を及ぼすものに限られるというべきであるところ、本件訴えの対象は、以下述べるごとくいずれもかかる行政処分性を有しない。
(一) 地籍調査の成果につき
地籍調査は、「毎筆の土地について、その所有者、地番及び地目の調査並びに境界及び地積に関する測量を行い、その結果を地図及び簿冊に作成する。」(国土調査法二条五項)ものであるから、土地の現況を調査記録するという単純な事実行為に過ぎないし、その結果作成される成果である地籍簿や地籍図も同法一条所定の目的達成のための行政庁における内部資料に止まり、その記載及びその内容が対外的に効力を有するものではない。
(二) 成果の認証請求及び認証
成果に対する認証とは、その請求に基づき、前述の如く行政庁の内部資料たる地籍調査の成果に対し、その成果が測量若しくは調査上の誤り又は国土調査法施行令六条で定める限度以上の誤差がないかどうかを審査するもの(国土調査法一九条二項)であり、これによつてはじめて右の成果を公簿の修正及び土地に関する基礎資料となしうるものである。従つて、右請求及び認証は、いずれも右成果につき一定の限度でその精度を担保するための制度的保障としての行政庁相互間の内部的行為に留まり、対外的に国民の法律上の地位ないし具体的権利義務関係に直接影響を及ぱすものではない。
(三) 登記簿の変更及び地図の備え付け
地籍調査の成果に基づいてなされる登記は、土地の表示に関する登記及び所有権の登記名義人の表示変更(更正)の登記をいうものである(国土調査法二〇条二項、三項及び国土調査法による不動産登記に関する政令((昭和三二年政令一三〇号))一条)ところ、これらはいずれも、地籍調査の実施によつて明らかにされた当該土地の現況を前提として、土地の物理的形状等に何らの変動もないままに、これに対応する登記簿の表示の部分を変更するものであつたり、所有権の変動を登記するものではなく単に名義人の表示を現在の表示に合致させるものに過ぎず、これにより直接国民の権利義務を形成しあるいはその範囲を確定する性質を有するものではないから、当該土地についての権利者である国民の法律上の地位ないし具体的権利義務関係に直接影響を及ぼすものではない。また、登記所の登記官は認証された地籍図の写しを不動産登記法一七条地図として登記所に備え付けるのである(国土調査法二〇条、不動産登記事務取扱手続準則二八条)が、右地図は地籍調査の成果として当該土地について、その形状、位置関係等の事実状況の把握を目的とするものに過ぎず、これによつて実体的に土地の権利関係、境界等を確定する効力を有するものでないから、これまた、当該土地の権利者である国民の具体的権利義務関係等に直接影響を及ぼすものとはいえない。
三 以上の次第で、その余について判断するまでもなく、本件各訴えはいずれも訴訟要件を欠き不適法であるから、これを却下し、訴訟費用の負担につき行訴法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 山之内一夫 島田周平 宮崎万壽夫)
物件目録<省略>